文通ごっこ 3





〜From Zoro To Sanji〜



 手紙のやりとりは、五回目に突入した。つまりは、五ヶ月目に突入していたというわけで、ゾロが手紙を書くのは三回目になる。
 二回目の返事は、またしても厚かった。しかし、今度はちゃんと手紙の文章としてだ。変なレシピ集ではなかった。
 ちなみに、あのレシピ集はいつのまにかナミに奪われていた。作ってみたらすごい美味しかったわよ、といらぬ報告まで受け取った。しかし、ナミがただ作るだけで終わるとは、ゾロには思えなかった。きっと、また儲け話につなげるのだろう。ゾロにとっては悪用されようが捨てられようがどうでも良かったので、特になにも言わなかった。そもそも、興味が全くないのだ。
 そんな興味レベルが皆無の相手から手紙をもらっても、ちっとも嬉しくはない。
 それでも、返事を書かなくてはいけないのだから参る。こんなのは交流じゃねェよなあ、とゾロはシャープペンシルをぐるぐる回しながら思った。むしろ、課題の域である。単位はもらえないけれども、授業の一環、立派な提出物。
 むしろそう割り切る方が楽な気がする。根は律儀なところがあったので、ゾロは途中で読むことを放棄していた手紙を開いて、再び読み始めた。



『ゾロへ。
 何が料理はできないだ、バカが。
 今の時代は、男も料理ができねえと、生活能力のねえ、使えねえただのバカに成り下がるぜ。ああ、もうバカなのか? そうなのか。バーカ!
 だいたい、送ってやったレシピは、おれ様の十年間のシュウタイセイなの! シコウサクゴを重ねたすばらしいやつらなんだって。だまされたと思って一回くらい作ってみろ。もしくは、お母様に渡せ。てめえは最低だが、お母様はきっとおれのレシピの価値をわかってくれるはずだ。
 あ、もしくはナミさんにプレゼントしてもいいぞ! むしろそうしろ、なっ! あー、最初っからナミさんにあげたかったぜ。おまえ最低なんだもん。
 なあなあ、ナミさんって美人? かわいい系? 綺麗系? それとも清楚系か!? 髪は長い? 何色なのかなあ。好きなタイプとかあったら教えてくれ。
 つーか、まさかてめえの彼女とかじゃねえよなあ? だとしたら世も末だぜ。この世の終わりだ。
 この手紙の返事で、ナミさん情報書いて送れよ! そのくらい役に立て、このばかやろう。写真とかあるとなおよし! そしたらてめえを見直してやることにする。
 ナミさんと文通してるのは、ビビちゃんて子なんだけど、すっごい良い子なんだぜ。うらやましいだろ。どんなこと書いてるんだか気になるよな。可愛い女の子同士で文通だなんて、女学校みてえですてきだ。
 ていうか、おれがナミさんと文通したかったぜー。おまえ、短文ばっかでつまんねえし、失礼だし。無礼だし。仮にも交流だぞ、交流。交流とか、意味分かる?
 一行はねーと思うよ、さすがに。人としてどうなんだ。小学生でもしねえよ、そんな失礼なこと。
 最低でも三行は書いてこいよ、次からは! いいな!
(ナミさん情報だったら、三行以上書け。つーか、ナミさん情報だけでいいや)

 そういや、おまえの情報ってなんもねーんだけど、なんか趣味とかあんの? なんか無趣味っぽいよな。帰宅部だろどうせ。
 ナミさんは、失礼でどうしようもねえ単細胞バカだけど、かろうじて人間だっつってたぜ。優しいなああ!! てめえと違ってすばらしい女性だぜ。

 おれは、とりあえず高校出たら料理人目指すつもりだ。おまえは大学とか行くのか?
 まあ、もしも東京に来ることがあったら飯でも食わせてやるよ。
 あー、このおれさまの腕を披露でねえのが残念だぜ。
 悔しいだろ?
 まあ、まだ腕はとうていおれのジジイには及ばないんだけどさ。うちのジジイは結構すごいんだぜ。なにしろ……』

 と、ここまで読んでゾロはやっぱり挫折した。なんとも疲れる手紙だった。手紙ってこんなものだっただろうか、としばしゾロは空を眺めた。青い空が目に染みる。
 手紙というのはもっとこう、落ち着いたものなんじゃないだろうか。やんわりと自分の近況を伝え、押しつけがましくならないようなさりげない筆致でしたためるものなんじゃないのか。少なくとも、こんな酷い口語で思いつくままに書き殴るような代物じゃない。手紙の情緒とかなにもない。まるで、目の前で文句を言われているようだ。
 それにしても、ずいぶんな言われようをされていた。
「おいナミ。てめェ、手紙によけいなこと書きやがったな」
「は? 何よいきなり」
 ナミは手紙を書く手を止めて顔を上げた。
 ゾロは、ひらひらとサンジからの手紙を揺らして見せた。
「このバカが、おまえがなんかおれのことを書いてきたって言ってる」
「ああ、あれね」
 ナミはふふん、と笑った。
「ビビの手紙の追伸に書いたのよ。だってあんた、さすがにあの一行手紙はどうかと思うわよ。あっちは一応あんたの素っ気ない一言を受け取って、レシピ集送ってきてくれたのよ? まあ、若干やりすぎだけど」
 ナミは笑った。
「だから、ビビへの手紙にちょっとフォローを入れたげたのよ。悪人ではないわよってね。感謝しなさいよ」
「なんで、んなもんする必要があるんだ。余計なことしやがって」
「ほんっと失礼よねえ、あんたは」
 ナミはあきれたように肩を竦めてから、手紙の続きを書き始めた。
 最初はあんなに適当に書いていたのに、ナミはいつの間にか楽しそうにペンを走らせている。サンジの手紙の中にあった、ビビという少女とは気があったのだろう。ナミと気が合うとは、なんとも奇特な人間が存在したものである。それだけで、ゾロはビビという少女を見直した。
「そういえば、ビビからの追伸にも、サンジくんのこと書かれてあったわよ」
 数枚ある手紙をめくって、ナミはこれこれ、とゾロにつきだした。字を追う前に戻されたので、何が書いてあるのかはわからない。
「気になるう?」
 ナミはにやにやと人の悪い笑みを浮かべている。ゾロは眉を寄せた。
「全然」
「まったまたー、ほんとは気になるくせに。いい、読むわよ」
 いらねえよ、と言う間もなく、ナミは読み上げてくる。ゾロの周りは、いらぬ親切ばかりがやってくる。
「えーとね、『サンジさんはとっても楽しい人です。女の子が大好きなの。でも、いやな感じはしないのよ。大事にしてくれる感じ。なんていうのかしら、年が近い従兄弟って感じなの。ゾロさんにも、サンジさんのよさが伝わるといいのだけど。もう少し書いてくれると嬉しいわ。サンジさんがつくるお菓子は絶品なのよ』だって。……いいわねえ、お菓子。あんたは作ってなんかくれないものね」
「お前、おれの手料理食いたいと思うのか?」
「まったく。なんかすごいイヤだわ、それ。想像しただけでなんか気持ち悪い。むしろ金もらいたいくらいよ」
 こいつの方が失礼だ、と思うような返事をナミはする。
「ビビにもバレバレなんだから、あんたもうちょっと書いてあげなさいよ。なんかサンジくんがかわいそうになってきたわ。不思議ねー、全く知らない男の子なのに」
「そういや、あいつの手紙でも、ナミナミうるさかったな。おれとお前がつきあってんじゃねェかって思ってるぜ。どっからそんな連想が生まれるのか謎だけどな」
「最低な誤解ね」
「同感だ」
「誤解だけは解いといてよ。勝手に決めつけられてるって気持ち悪いわ」
「なんでおれが」
「あんたの文通相手じゃない。私じゃないもの」
「面倒くせェ」
 ため息混じりに本音が漏れた。それでも、サンジに言われ(書かれ)、ビビに言われ(書かれ)、ナミにまでも失礼だと言われてしまうと、確かに一行はまずかったかと、一ミリグラムくらいは罪悪感が沸いてくる。
 三行は書いてやるか、とゾロは思い直した。奴の言いなりになるのは癪だが、仕方ない。
 何より、礼を欠いてはならない、と道場の師匠には昔から厳しく言われている。
 ゾロはしばらく考えた後、ペンを走らせた。質の悪い安価な便箋は、ペン先が微妙に引っかかる。シャンクスの野郎、ケチってやがる、とゾロはそれだけで気力をそがれた。

『ナミとはつきあってねェ。冗談じゃねェ。趣味は剣道』

 かろうじて三行分、というよりはスリーセンテンスだけを記載して、ゾロは封をした。
 義務は果たしたと思いながら。
 そして、この手紙に、奴はどういう反応を示してくるのだろうと、少しだけ、初めてだが本当に少しだけ、興味が沸いたのだった。
 また短すぎるぜと喚くのか、もしくは本当に三行書いてきやがったと笑うのか。どちらなのだろう。その反応を見てみたいとも思った。きっと想像通りの反応をしてきそうだ。この手紙に書いてある通りのテンションで。
 遠い遠い、会ったこともない人間だというのに、ひどく身近に感じた。不思議だった。







2009/10/12(拍手より転載)
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