文通ごっこ 2





From Sanji To Zoro


 一枚ばかりの手紙をざっと眺めて、サンジはそれをびりびりに破いた。
「え、サンジさん?」
 横からビビの焦った声がする。そちらにはにこりと笑った。
「なんだか読む価値もない手紙だったんだよォ、ビビちゃあん」
「……なんて書いてあったの?」
「『料理は作れねえ。余計なお世話だ』だって。まァた一行だけだよ」
「まあ」
 ビビは驚いたように目を見開いた。
「田舎の猿は失礼千万だよねェ」
 肯定するのも気がとがめるのだろう、ビビは曖昧に笑った。優しい子だなあ、素敵だあ、とサンジの相好は自然と崩れる。
「ビビちゃんのペンフレさんはどう? やっぱりまた素気ないのかな」
 サンジのクラスは、この面倒くさい交流を少しでも楽しもうと、文通相手をペンフレンド、略してペンフレと呼んでいる。何というか、すでに死語に近い単語だが、メール世代にとっては逆にレトロで新鮮だったようだ。略してしまっているところが、まだまだ若さが抜けてない、とサンジは勝手に思っているのだが。
 ビビのペンフレンドは、ナミという女の子だった。ものすごく典型的な挨拶文、個人情報のかけらもない文章だったにも関わらず、ビビは逆に闘志を燃やして、なんとか仲良くなりたい旨をしたためていた。
 ビビは便箋に目を通すと、今度こそ嬉しそうに微笑んだ。
「前より、少しはくだけた文章になってる。うれしい。大学は東京も考えているみたい。好きな食べ物はみかんですって。……あら?」
 二枚目を見て、ビビが声を上げる。
「どうかしたの?」
「サンジさんによろしく、とあるわ」
「へえっ!?」
 思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
「ええと、『ゾロのバカがごめんなさいね。渾身のレシピ集をありがとう。あいつは無愛想でぶっきらぼうで寝てばっかで、礼儀知らずだけど、かろうじて悪人ではないから』だって。かろうじてって、なんかすごいわね」
「……ナミさんはこのくそゾロと付き合ってんのかなァ」
「うーん、どうでしょうねえ」
 ゾロをけなしまくっているが、フォローしてあげなくては、という気持ちが伝わってくる。
 なんだか切なくなってきて、サンジは机に突っ伏した。
「くそおー。あんな無礼千万なやつなのに、麗しのナミさんにかばわれやがって! 本人はなんのコメントもなし! うわああ、今更むかついてきたっ!」
「めげちゃだめよ、サンジさん! きっと、何を書いていいんだかわからないだけだと思うの。わたしみたいに、今ハマってることとか、何が好きだとか、毎日どう過ごしているとか、書いてみたらどうかしら? 少しは反応が違うかもしれないし」
 一生懸命横で励ましてくれるビビは、天使のようだった。もう頭の上に天使の輪っかがあっても、おかしくない。いや、おれには見えないだけで、きっとある、とサンジは思った。
 ビビに励まされて、サンジは机の中からレターセットを引っ張り出した。クラス全体が、この文通交流に乗り気でイケイケだったため、レターセットは自然と個人費用だった。少しでも個性を出したいと、みんながみんな思っているようだ。サンジも相手があんなハズレくじだったにも関わらず、新しく購入してしまった。レターセットを買うなんて、小学生の時、誕生日プレゼントとしてセレクトした時以来だ。あの時あげたロクサーヌちゃんは元気かなあ、と少しサンジは思い出に浸った。
 さて、淡い素敵な思い出もいいが、今は新しいペンフレだ。あいにく女の子ではない。そこは非常に不満でいっぱいであるが、でも手紙を書くというのはなかなかどうして心が躍るものである。
「わかったよ、ビビちゃん。おれ頑張ってみる!」
「ええ、私ももっとナミさんと仲良くなれるよう、がんばるわ!」
 妙なやる気のオーラを出して、二人は机に向かった。
 周囲のクラスメイトも、一心に文章を書き連ねている。普段の授業もこれくらいやる気出してくれたらいいのに、とマキノ先生が嘆いていたくらいだ。
 教室には、シャープペンシルと紙の摩擦音が心地よく響いている。




 初めてゾロからの手紙を受け取った時、サンジは非常にやる気がなかった。何しろ、あちらの女の子と文通ができると思いこんでいたので、期待が外れた衝撃が大きかったのだ。
 机に突っ伏したまま、半ば引き裂くようにびりびりと封筒を破くと、便箋が一枚だけあった。文面と呼べないくらいの文章が一行だけあった。
『うちの購買のパンはマズイです』
 あーあ、こいつもやる気ねえんだな、とサンジは思った。きっと他の文章だったら、サンジもそのまま一行だけの返事を書いていたに違いない。男と文通する気はねェ、とかなんとか。
 しかし、将来はコックになる、と思っている身としては、食事への不満事は言語道断だったのだ。
 じわじわと怒りがこみ上げてきて、ため込んでいた自作レシピ集から、男でも作れそうな簡単料理のすべてをコピーして詰め込んだ。
 おかげで、コピー代がかさんでしまった。一瞬、領収書も送ってやろうかと思ったくらいだ。
 それなのに、この文通相手はまたしても一行で返してきやがった。
 サンジは、今度は思いついたままに罵詈雑言を詰め込み、そしてコックになりたいと思っていること、食事をバカにしてはいけないこと、飽食の時代に生まれたからって良い気になってんじゃねェ、と最後につけたして封をした。
 封筒一枚に対して、便箋を全て使い切ってしまったことに、糊づけをしてから気付いた。ちなみに封筒5枚、便箋10枚のセットである。セットの便箋は少なすぎる、とサンジはメーカーにクレームを出したくなった。
「ビビちゃん、おれはまたしても気合いを入れすぎてしまったようだ……」
 一行野郎ごときに、と書き終わってから妙にむなしくなった。
「あら」
 ビビはサンジの膨らんだ封筒を見て、ふふふ、と笑った。彼女の手には、ファンシーな花柄の手紙がある。
 当然ながら、サンジはその中身を知らない。何が書かれているのかはわからない。それを知ることができるのは、行った事もない田舎の学校の、会った事もない生徒、そのたった一人だけなのだなあと思うと、なんだか不思議な気がした。クラスメイトのサンジよりも、その彼女の方がビビに近いような錯覚まで覚える。
 サンジはふと、自分が書いた手紙を見下ろした。
 見ず知らずの人間に、コックになりたいという自分の夢を書いてしまった。
 へんなの、と思った。
 そして、これにあの一行野郎はどう返してくるんだろうと思うと、なんだか楽しみのような気さえしてくるのである。気合いを入れすぎて膨らんだ封筒も、まあいいか、と思える。
 最後の仕上げに、封筒にマジックで大きく『サンジ!!!』と書いた。
「驚け一行野郎め」
 ふん、と笑うと、授業終了のチャイムが鳴った。







2009/10/10(拍手より転載)
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