文通ごっこ 1





From Zoro To Sanji


 手紙を書きましょう、なんていきなり言われて、はいそうですか、と簡単に書けるわけがない。しかも、受け取る相手が誰だかもわからないときた。
 ゾロは頬杖をついたまま、シャープペンシルを便箋の上に転がした。
 大体、手紙なんて文化はとうにメールに取って代わられて久しいのだ。今じゃ、年賀状も『あけましておめでとうメール』で事足りる。
 面倒なことしやがるぜ、とゾロはあくびをした。しかし、周囲からはペンを走らせる音が聞こえてくるのも事実だった。むしろ、手紙なんて新鮮、と言わんばかりに真剣に書いている。ゾロは少しだけ裏切られたような気持ちになって、憮然とした。余計にやる気も削がれる。
 だから、何を書くことがあるんだ、何を。
 ゾロは真っ白な便箋と、その上に置かれた封筒を眺めた。宛先は書かずに、差出人として学校名とクラス、名前を書けと言われている。その封筒にだけ、ゾロは「二年四組 ロロノア・ゾロ」と書いた。
 もう一度溜息をつくと、ゾロは黒板を見た。
 『姉妹校との交流について』
 とでかでかと書かれた議題の下、文化祭交流だの、合同音楽祭だの、合同修学旅行だの、予算的に絶対に無理と判断された項目に、バツがついている。そして、お情けのように『文通交流』と右端に残ったものに、小さく丸がつけられている。
 結局、こうして封筒と便箋がすぐに出てきたのだから、最初から担任に仕組まれていた内容なのだ。生徒の反感対策なのか、担任まであちらの教師に当てて、手紙を書いている。ここは小学校か、とゾロは何だか情けなくなってきた。
「辛気臭いわね。さっさと書いちゃいなさいよ」
 横からナミが呆れたように言う。ゾロはうんざりしたという表情のまま、ナミを見る。
「お前、もう書いたのか?」
「当然。こんなくだらないことに時間掛けてられないもの。当たり障りのないことをつらつら書けばいいのよ」
「当たり障りのねェことすら思うかばねェよ。大体、誰が受け取るかもわかんねェのに、意味あんのかこれ」
「意味なんかあるわけないじゃないの。出来たばっかの姉妹契約に、交流してますって証拠をつけたいだけよ。だいたい、あんな姉妹校契約なんて、私たちには全く関係ないんだから。単に学校の利益が増すだけじゃない。そんなのに借り出されるなんてむかつくわ。しかも、このクラスだけ。ばっかみたい。手間賃寄越せっての。もしくは単位! しかも、相手校は東京の一等地の学校よ。こんな田舎からの手紙なんて、バカにされそうでイヤだわ。むかつく。所在地、青山ですって? 坪単価いくつなのよ、全く。ばからしいわ」
 ナミの口はよく回る。しかも、ゾロが考えもしない方向へどんどん文句が加速している。一生のうちで、自分とこいつの発言量はどれほどの差がつくのだろう、とくだらない想像までしてしまう。
 とにかく、とゾロはシャープペンシルを取り上げる。ナミは便箋を三つ折りにして、すでに封筒に入れている。
「まあ、誰がこれを受け取るのかってのは、ちょっと興味あるわね」
「ああ? さっきと言ってること違うじゃねェか。それに、お前が興味あるのは金のことだけだろ」
「だから、都会の有益な儲け話とか、くれないかしら。個人的に」
「無駄だ、無駄」
 誰が、見ず知らずの相手に儲け話をくれるというのだ。しかも高校生が。そんなことにアンテナを立てている人間は、ナミしかいないだろう。少なくともゾロはそれ以外に出くわしたことがない。
「うるさいわねえ。夢がないわよ、あんた。さっさと書いちゃいなさいよ。放課後まで居残りたくないでしょ」
 こいつにだけは夢がないと言われたくない、とゾロは強く思った。しかし、反論するような余計な体力を使いたくなかったので、大人しく便箋に向かう。確かに、こんなことで居残りまでするのは御免こうむりたい。教室の時計を見れば、授業終了まで十五分を切っていた。
 ゾロは頬杖をついたまま、書き殴った。便箋の行を無視して、ど真ん中に一行だけ書いた。

『うちの購買のパンはマズイです』

 本日の昼食の感想だった。
 思いがけず三十秒で終わったため、ゾロはさっさと封筒にしまって封をして、残りの時間は有意義に寝て過ごした。




 そんな手紙に返事が来たのは、一ヶ月後だった。
 ゾロだけではなく、クラスメイトの大半が忘れ去っていた頃だったので、担任からテンション高く「返事が来たぞー!」と言われても、ああ、あったなそういえば、という微妙な雰囲気が教室内に漂っていた。きっと、自分が何を書いて送ったのかも覚えていないのだろう。
 女子は女子へ。男子は男子へと配られたようで、異性間で文通が出来るのかもという淡い期待を抱いていた生徒は、意気消沈していた。
「すげえぞ、ゾロ。お前には大作だ!」
 担当のシャンクスが、笑いながらゾロの机の上に封筒を置いた。
「ああ?」
 置かれたものは、封筒というような可愛らしい代物ではない。A4が入る茶封筒だった。
 これはどちらかと言うと、書類の類である。
「なんだこれ!」
「ゾロ、お前どんな長文の手紙書いたんだ? 先生意外だぞ」
「書いてねェよ。一行だけだ」
「一行かよ。お前らしいなあ!」
 ぎゃはは、とシャンクスは笑いながら、他の生徒に封筒を配っていく。ゾロの机の上には、不審なブツが残された。
 表紙にはマジックで書いたのか、太くしかも大きく、「二年一組 サンジ!!!」と書いてある。このエクスクラメーションマークはなんなのだ、とゾロは若干引いた。
「なんか、すごいわね、それ。中身何なの?」
 ナミも胡乱気に見下ろしている。彼女の手には、普通の封筒があった。あちらの学校は自分達で書くものを用意したようで、女の子が喜びそうなカラフルな柄の封筒だった。少なくとも、こちらの学校よりは意欲があるらしい。
「知るかよ」
「ね、ちょっと開けてみなさいよ」
「面倒くせえ」
 とは言いつつも、異様すぎる封筒の中身に興味がないわけではないので、ゾロは封筒を持ち上げて破いた。思ったよりも厚みがある。一センチはありそうだった。
 中身を取り出すと、右端がクリップで止められていた。その一番上の紙には、

『ゾロとか言う野郎へ。
 マズイと文句を言うなら食うな。作れ。おれのコンシンのレシピ集を送ってやる。
 サンジ』

 と書いてあった。しかも、これまたマジックで書きなぐってあった。必要以上に文字もでかい。
 コンシンがカタカナなのがバカっぽかった。と言っても、ゾロも漢字でどう書くのかはわからない。
「レシピ集?」
 横から覗き込んだナミが言う。
 ゾロはぱらぱらと中身を捲ってみた。
 野菜炒め、十五分で出来る煮物、揚げずにすむトンカツ、野菜たっぷりチャーハン、レンジで出来る豚の角煮……、とレシピがこれでもかと続く。
 しかもノートをコピーしたのか、元は全て手書きだった。
 最後のページは、「炊飯器でできるパン」だった。末尾に「バカでも失敗しないパンだ。ありがたく作れ」とそこだけコピーではなく手書きの文字が足されている。横にはへたくそなパンの絵まで添えられていた。そこまでしてパンが食いたいわけではない、とゾロはレシピ集を机に投げた。
 なんだこりゃ、と思った。むしろ気味が悪いくらいだ。
 ナミがそれを拾って、捲っている。
「ちょっと、すごいじゃないの、これ。全部細かく手順が書いてあるし、所々図まで入ってるわよ。しかも、調理時間が短い! 何者? あっちって、普通科よね?」
「知るか!」
「はいはい、ロロノア・ゾロくん、うっさいよ。みんな行き渡ったよな? んじゃ、また返事を書いて、先生に提出すること。これ、一年は続けるから、よろしくな。いや〜、青春っていいねえ」
 シャンクスはそう言うと、再び封筒と便箋を配り始める。
 何が青春だ、とゾロはため息をついた。
「あんた、これなんて書くつもりよ」
 机に戻されたレシピ集は、重い。重量だけじゃなく、なんか色々と重い。
 ゾロは、シャープペンシルを取ると、便箋に一気に書きなぐった。

『料理は作れねえ。余計なお世話だ』

 交流なんてくそ食らえだ、とゾロは思った。
 机に乗ったままのレシピ集は、机の奥にしまいこんだ。







2009/09/09(拍手より転載)
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