かみさまのギフト





 きっかけは、ゼフの一言だった。
「お前には兄弟がいる」
「はあっ!? 寝ぼけてんのかジジイ! どこにんなもんがいるんだ! いたらこんなにバタバタしてねェよ。ほら、さっさと食って仕事行け! 今日から早く出るんだから、片付けはしといてくれよっ」
 味噌汁を注いで、どんとテーブルに置くと、ゼフは憮然として椀を引き寄せた。いただきます、と手を合わせる。どんなに悪態をついても、それだけはきっちりとしている。おかげで、サンジも食事の前後の挨拶だけは欠かしたことがない。
「はい、召し上がれ」
 サンジも慌ただしく自分の分をよそい、テーブルに着いた。いただきます、と同じように手を合わせてから食べ始める。うわ、ちょっと味噌汁の出汁が少なかった、と眉をしかめる。ゼフになんて言われるかとちらりと伺ったが、味に厳しいはずの祖父は、黙然と咀嚼しているだけだった。文句が飛ぶかと思っていたので、サンジは拍子抜けしてしまった。
 しばらく無言の食事を続けていると、ゼフがごちそうさま、と手を合わせた。はいよ、おそまつさま、とサンジは答える。
 そのまま立ち上がって、仕事へ行く準備を始めるのだろうと思っていたが、ゼフはじっと座ったままだった。どうやら、このクソ忙しい時間帯に、話があるらしい。なんだよ、と思いながらサンジも箸を置くと、ゼフはテーブルの上に一枚の紙を滑らせてきた。
「これを見ろ」
「ああ? なんだそれ」
「まあ、見ろ」
 ゼフが手を離したので、サンジはその紙を取る。取り上げた時、それが古い写真であることが分かった。周囲が少し黄ばんでいる。裏返してみて、サンジは首を傾げた。
「ジジイの隠し子か?」
 写真の中には、生まれたばかりと思われる子供がひとり、映っていた。産着に包まれて、布団に横たわっている図だ。今よりもカメラの精度は低い。少し縁がぼやけた印象があるけれども、ちゃんと姿形ははっきりとわかった。サンジはしばらく見つめてから、思わず微笑んだ。
「すっげえ可愛いじゃん」
 子供はとても可愛かったのだ。
 淡い緑色という変わった色の髪をしているけれども、頬はぷっくりとしていて白く、目は丸く大きかった。
「で、誰なんだよ、これ?」
 写真をテーブルに置いて、サンジは尋ねた。ゼフは両腕を組んで、その写真を見下ろした。
「だから、てめェの兄弟だ」
「……空耳じゃなかったのか」
「なわけねェだろが。耳の穴かっぽじってよく聞け」
 かっぽじはしなかったが、サンジはちゃんと聞く態勢になった。もしかして、ジジイは寝ぼけてんじゃなかろうか、と半信半疑ではあった。
「チビナス、お前には両親がいねェ」
「んなこたァ知ってるよ。実際いねェもん」
「まぜっかえすな。いいからしばらく黙って聞いてろ」
 サンジは口を噤んだ。
「お前の両親は、お前らが生まれて一年後、火事で死んだ。お前ら二人は奇跡的に助かったが、守った両親は死んだ」
 サンジは目を見開いた。何しろ、初めて聞く話だったのだ。両親、と内心で呟いてみる。物心がついた時にはすでにいなかったせいで、それは具体的な象にはならない。
「お前ら二人だけが残されて、てめェは母親の実家、つまりおれのとこに。もう一人は父親の実家に引き取られた。……実は、お前の両親は駈け落ちしてな。どっちの親も、相手を恨んでいた。そのせいで、お前らは成長しても交流がないどころか、お互いを全く知らなかったわけだ。――以上」
 ゼフは腕組みを解いて、空いた茶碗を重ねた。流しに持っていくのだろう、椅子から立ち上がってシンクへと歩いていく。
「……ってちょっと待て!」
 サンジはテーブルをばんばんと叩いた。
「それで話終わりかよ!」
 オチはどこにいった、オチは! と重ねて訴えると、ゼフは面倒くさそうに振り返った。
「お前の片割れは、同じ高校に入学するそうだ」
 青天の霹靂、とはこういうことを言うのだろう。受験勉強のときに覚えた慣用句がぐるぐると回った。サンジの頭は、少しだけ現実逃避をしたいらしい。
「……は?」
 片割れ。同じ高校。双子の兄弟。
 おれの、きょうだいがいる。
「……ええっ!?」
「おい、チビナス。やけにのんびりしてるが、時間はいいのか」
 混乱から立ち直れないまま、反射的に時計を見上げると、予定の時間はとうに過ぎていた。
「だあああ、遅刻だっ!」
「初日から弛んでるんじゃねェ」
「誰のせいだよ、誰のっ!」
 サンジはごちそうさま、とだけ叫んで鞄を掴んだ。新品の鞄は、まだ手に堅くなじまない。本当だったら、そんな新生活のアイテムも楽しく心浮き立つものになるのに、今のサンジには考える余裕すらない。
「クソジジイめええー!」
 全力で走りながら、サンジは祖父を罵倒しまくっていた。なんでこんなタイミングで言うのだ。こんな重要なことを!
「兄弟だと!?」
 ホットすぎて湯気がほやほやと出ている情報を、頭の中で反芻する。サンジの兄弟は、今向かっている学校に入学することになったという。
「しかも双子!?」
 ありえねえ! とサンジは叫んだ。これは夢の続きなのかもしれないと思った。しかし、段々と息切れで苦しくなってきたので、やっぱり現実だと思い知った。



「入学早々遅刻たあ、やってくれるじゃねェか」
 ぜいぜいと息を切らしながら、サンジは新担任の小言を聞いていた。新担任は、スモーカーと名乗った。教師とは思えないくらいガラが悪いが、今のサンジにそんなことを気にする余裕はなかった。普段だったら、女の先生じゃないなんて、と自分の運の悪さを盛大に嘆いているはずなのに。
「初日からやらかしてくれやがって。目立つことすんなよ、面倒だからな」
 頭の中がまだ混乱している。スモーカーの小言も右から左へ流れていく。
とりあえず、まだ入学式の途中だからと体育館に放り込まれて、サンジは最後尾の空いている椅子に腰掛けた。
 最初から心象は最悪だ。どうしてくれんだ、このやろう、とサンジは悪態をついた。ジジイめ、帰ったら覚えとけ。内心でなので、誰も聞き咎める者はいない。サンジは盛大に文句の限りをつくした。
 入学式は、ちょうど校長の話に差し掛かっていた。この良き学び舎で夢を育てて、倫理ある大人になってください、とか三秒で忘れるような当たり障りのないことを話している。実際、サンジは即座に忘れた。
 ごそごそと、制服の内ポケットに入れていた写真を取り出した。ちゃっかり持ってきた例の写真だった。
 今日の混乱の原因を見下ろして、眉をしかめる。
 手がかりは、この写真だけだ。特徴的な緑色の髪をしているので、見つけることは簡単なような気もする。
 しかし、髪の毛の色などは、成長するとともに変わっていくとも言う。色素が薄くなったり、逆に濃くなったり。この写真の子も、そのパターンかもしれないのだ。
 くそ、ジジイめ。名前くらい教えてくれてもいいのに。もう一つの情報は、男だということだけだ。写真の中ではこんなにかわいらしい子供なのに、今はむさ苦しい男に育っているのだというのだから、見つけようという意欲も半減してしまう。
 女の子だったらなあ。もしも妹とかだったら、全力で探し出して、大事にするのになあ。
 せっかくの入学式だというのに、思考は新生活とはかけはなれたところへと行ってしまう。
 サンジは新入生の頭を見渡した。全部で八クラス。クラスごとの固まりになって二列に並んでいる。自分がいるのは、一番左の列だったので、一組か、もしくは八組なのだろう。
 様々な色の後頭部が見える。緑緑、とサンジは内心で呟きながら左端から目で追った。
 そんな簡単には見つかんねェよなあ、とやる気なく見ていたのだが、予想はあっさりと破られた。
「……いたー!」
 思わず叫んで、しかも椅子を蹴飛ばして、サンジは立ち上がった。
 しまったと思った時には遅く、壇上の校長は話をやめ、新入生と保護者がこちらを一斉に向いていた。
 注目を集めてしまって、ははは、と乾いた笑いでごまかした。担任のスモーカー先生が額に青筋を浮かべているのが見える。
 ああ、心象最悪。
 それもこれも、ジジイのせいだ。
 それと、とサンジは視線を緑の頭に移した。体育館の全てと言ってもいい人間がサンジを見ているのに、緑頭の男子生徒は、この騒ぎの中、豪快に寝入っていた。







こんなありえない展開で突き進みます。





2009/10/24

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