Change.





 まさか、どうして、ありえねェ。
 目の前にある「自分の顔」を凝視しながら、頭に浮かんでくる言葉は、そんな無個性でありきたりのものでしかない。
 ――まさか、どうして……。
「ありえねェだろ!」
 叫ぶと、「自分の顔」が不愉快そうに歪んだ。
 自分の口から出た声と、その「自分の顔」の反応に、またしても「ありえねェ!」と心からの叫びが沸き起こる。
「うっせェ、わめくな」
 と目の前の「自分」が言う。
 サンジはその目の前にある「自分の顔」に手を伸ばしてみた。
「違う違う、これ絶対鏡だから。そうだから!」
 対象的な動きをしていない時点で鏡ではないことははっきりしていたのだが、どうしても信じられない気持ちで、その「顔」に触れる。
 触ると、またしても眉が寄った。
「いてェな」
「マジかよオオオ!」
 サンジは頭を抱えて、蹲った。ばしばしと床を叩いても、この動揺は落ち着かない。
「おい、ちったあ落ち着け」
「なんでてめェは落ち着いてんだよ!」
 と叫ぶ自分の声にも動揺する。
 おれの声じゃない、と頭の中はどこか冷静に突っ込みが入っている。よく耳にする声を、自分が発していることに、ぞわりと怖気が走る。
「十分動揺してんぜ」
「どこが!? どこがだこの野郎!」
「いてェ! 抓んな!」
 と、「自分の顔」、「自分の声」が反論する。
 腕を振り払われて、サンジは呆然とした。もう呆然とするしかない。がくりと肩を落とすサンジの肩に、手が置かれた。
「とにかく、落ち着けよ」
「……ゾロ」
「ていうか、おれのツラでみっともねェ真似すんな」
「突っ込むとこはそこか!?」
「他に何があんだよ」
「あほー!」
 殴りかかろうとした拳は、ぱしりと掌で止められた。
「サンジ」の掌で。
 簡単に止められて腹が立ったが、このまま殴っていたら、自分のナイスで素晴らしい顔を傷物にすることにもなるので、サンジは堪えた。
「ていうか……」
 とにかく問題はただ一つ。
「なんで入れ替わってんだよ!?」
 サンジは結局叫んだ。ちなみに、今の自分の外見はゾロである。
「俺が知るか」
 と、中身ゾロ、外見サンジ――は興味がなさそうに答えた。
 もう少し動揺とかしろよ! とサンジはもう一度腹が立った。



「で、なんでそんな破天荒で面白い事態になっちゃったわけ。ていうか、私を巻き込むな」
 短いスカートから覗くすらりとした足を悠然と組み替えながら、ナミは呆れたように言った。
「え、うそ。信じてくれんの、ナミさん」
 サンジは驚いて問い返した。こんな非常識な事態を、真顔で受け止められて、言った本人が驚いてしまった。大体、その張本人がまだこの事態を受け止められていないのだ。
「だって、あんたたちまるっきり態度が違うんだもの。まず、ゾロなら私が足組んだだけで、目線がスカートに来ないし、鼻の下伸ばさない。そもそも、『ナミすあーん、助けてえ!』なんて言わない。あと、私が座ろうとしたときに、椅子を引いてくれたりもしないから。それから、あれ」
 ナミは、窓際の机に突っ伏して眠っている外見サンジ中身ゾロを指差した。
「あんたが私に説明し始めた途端に、興味なさそうに寝入ったわよ。私をまるっと無視している時点で、あれはサンジくんじゃないでしょ」
「ああああ! 何で寝てんだてめェはー!」
 他人事か! とサンジは立ち上がって頭を殴ろうとしたが、器が自分であることに気づいて、振り上げた拳を止めた。危なかった。
「な、殴りてェ! でも体はおれ……!」
「まあまあ、落ち着いてサンジくん。見た目ゾロだから、インパクトでかいわっ。ゾロがそうしていると思うとっ……、わ、笑える、から。……っ、あー、駄目、可笑しいっ!」
 あははははは、とナミは机をばしばしと叩きながら爆笑し始めた。今まで堪えていたのか、すぐに治まる発作ではなさそうだった。
 サンジは椅子に座りなおして、がっくりと項垂れる。
 放課後の、すっかり夕日が差している教室内には、三人のほかに誰もいない。
 すでに自由登校となったこの時期、ナミが?まっただけでも幸運だった。ゾロもサンジも、このような突発的かつ現実的ではない事態に柔軟に対応できる才能を持っていない。特に、ゾロは入れ替わっても驚いた様子すら見せないので、なおさらタチが悪かった。どうしよう、と茫然自失した後で、サンジは「ナミさんに相談しよう」とゾロを引っ張って来たのだった。自由登校だということは、誰もいない教室についてから思い出した。そうしたら、偶然ナミが教室にやってきたのだった。
「あー、笑った……。で、何がどうしてこうなったのよ」
 目尻に涙を滲ませながら、ナミは少し声を落として問いかけてくる。サンジは居住まいを正した。
「それが、おれにもよくわからないんだ……。寝て起きたらこいつになってたんだ」
「え? それだけ?」
「それだけ」
「なにそれ」
 ナミは、自身の額をピシャリと叩いた。
「寝る前に変な薬飲んだとか、思いっきりぶつかったとか、雷に打たれたとか、ラベンダーの匂いかいだとか、ないの」
「ラベンダーはタイムスリップだよ、ナミさん」
 しかも古いよ、とまでは言わなかった。
「いやほんと、マジで、朝起きたら、こいつの体になってて、こいつのベッドで寝てたんだ。慌てて起きて、上のベッドを覗いたら、おれの顔したやつが、おれのベッドで寝てんだよ。……本気で腰抜けた」
「そりゃあ驚くわよね」
 そう同意して頷くナミの方は、少しも驚いていない風である。
「あー、まあ、とりあえず、寮に帰って寝てみたら? また明日起きたら元に戻ってるかもよ?」
「そうかな?」
「さあね」
「……ナミさーん」
「うっさい。ぐだぐだ悩んでも仕方ないでしょ。入れ替わるときは入れ替わるし、替わらないときは替わらないの。ほら、さっさとあそこで寝こけているサンジくん、もとい中身ゾロを持って行きなさいよ。あーややこしいったらないわね」
「……はい」
 ナミはやれやれ、と伸びをしながら立ち上がる。
「というかさ、サンジくん」
「なに、ナミさん」
 ナミはくるりと振り返ると、眉間に皺を寄せた。
「わかってる? 卒業まであと二週間よ? それまでに元に戻らなきゃ、今後、ゾロとして生活しなきゃなんなくなるわね」
 ひっ、とサンジは息を呑んだ。
「ぜってェいやだっ!」
「そりゃおれの台詞だ」
 いつの間にか起きたゾロが、机に肘をついて欠伸交じりに呟いた。
 今になって起きるゾロに怒りが沸いたが、常なら簡単に振るえる攻撃が繰り出せない。わざわざ自分に対して暴力を振るうなんて、そんな自虐的な行為はお断りである。
 仕方がないので、やっぱりおれの声ってイケメンボイスだよなあ、とこんな時でしか思えない現実逃避をするしかなかった。






こんなコメディ調ですが、なぜか段々どシリアスな展開になります。

2011/6/25

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